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松山地方裁判所 昭和35年(ワ)206号 判決

原告 森岡品吉

右訴訟代理人弁護士 泉田一

被告 赤瀬啓吾

被告 赤瀬美智子

右両名訴訟代理人弁護士 渡部親一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告赤瀬啓吾が別紙第一目録記載の農地(以下第一農地という)について、同赤瀬美智子が別紙第二目録記載の農地(以下第二農地という)について、それぞれ昭和三四年七月四日訴外赤瀬カズノとの間になした各小作契約はいずれもこれを取消す。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、

「一、原告は昭和三三年一一月一二日訴外今岡長雄(以下今岡と略称する)に対し、金七、〇〇〇、〇〇〇円を弁済期日は同三四年二月末日と約して無利息で貸与し、同日訴外赤瀬カズノ(以下カズノと略称する)は原告に対し今岡の右借入金債務について連帯保証人となると共に右債務の担保としてその所有する別紙第一及び第二目録記載の農地(以下本件農地という)に抵当権を設定しその頃その登記手続を了した。

二、しかして右貸金は原告を注文者、今岡及び訴外野間市平(以下野間と略称する)を共同請負人とするラジウム温泉鉄筋建築請負工事費用に充てるために貸付けたもので右工事完成のあかつきには報酬の一部に充当される約束であつたところ、工事は完成するに至らず、原告と野間及び今岡は昭和三四年四月二七日右工事請負契約を合意解除し、右貸金を含む報酬前渡金と工事の進捗度に応じた報酬とを清算してその差額を相手方に支払う旨約し、同年五月四日関係者立会の上清算した結果野間及び今岡は原告に対し金八、五〇七、一二二円の返還義務のあることを承認すると共に本件抵当権が右返還金の内金七、〇〇〇、〇〇〇円の支払を担保するものであることを認めた。

三、ところが野間及び今岡は右返還金の支払をしないので原告は昭和三四年六月上旬松山地方裁判所に本件農地の競売申立をなし、同月一七日同裁判所において競売開始決定がなされた。そして同裁判所が鑑定人をして本件農地の評価をさせたところ、金三、一一六、〇〇〇円であつた。

四、ところで本件抵当権設定当時及び競売開始決定当時はカズノの内縁の夫である今岡が本件農地の小作人であつたが、カズノは債権者である原告を害することを図り今岡と通謀して、昭和三四年七月四日今岡は本件第一農地の小作権をカズノの養子である被告赤瀬啓吾に、本件第二農地の小作権を同被告の妻でありカズノの養子である被告赤瀬美智子に譲渡し、同日カズノは右第一農地について被告啓吾と、右第二農地について被告美智子とそれぞれ小作契約を締結した。

五、しかして農地の競売がなされるときはその競落人は県知事の適格証明書を有するものでなければならずその証明書は当該農地の耕作者に付与されるのが通常であるところ、右小作契約の締結行為がなければ本件農地の耕作者は今岡であるが同人は債務者であるためその小作権は保護する必要がないから県知事は当然今岡以外の競落希望者に競買適格証明書を付与し、従つてその競落は相当価格で行われる。しかしながら小作権の譲渡によつて新たな小作契約がなされ耕作人は債務者でない第三者の被告等となつたため被告等以外には適格証明書が付与せられないのであるが、被告等は競落の意思なく、たとえ被告等が競落するとしても競争者がないため極めて低い価格になるまで競落しないので、本件農地の価格を著しく低減させ債権者である原告に甚大な損害を及ぼすことは明白である。又現に競売期日が指定されても競売ができない状態である。買手がない以上国に買取方を求めねばならないが、国の買収基準によればその代価は二、三十万円に過ぎない。

なおカズノには本件農地以外に財産はなく、今岡にも財産はない。

よつて被告等がカズノとの間になした右各小作契約の取消を求めるため本訴に及んだ。」と述べ、

証拠として≪省略≫

被告等訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、

「原告の主張事実第一項中カズノが原告主張の日原告のために本件農地について抵当権を設定しその登記手続を了したことは認めるがその余の事実は否認する。右抵当権は今岡の原告に対する消費貸借契約に基く債務を担保するためでなく、野間、原告間の工事請負契約に基く野間の将来原告に負担することあるべき債務を担保するためになされたものである。しかも野間は原告に対して債務を負担しないこととなつたから原告に本件抵当権を実行する権利はない。

第二項中野間、原告間に工事請負契約(今岡は契約当事者ではない)がなされたこと、それが原告主張の日合意解除され当事者間で前渡金と報酬との差額を相手方に支払う旨約したことは認めるがその余の事実は否認する。却つて野間は清算の結果原告に対し差額金八百数十万円の支払を請求しうべきものである。

第三項中原告主張の日松山地方裁判所において本件農地の競売開始決定がなされたことは認める。

第四項中カズノが原告を害することを図り今岡と通謀したことは否認し、その余の事実は認める。なお被告等は百姓であつて数年前から、本件農地を事実上耕作して生計を立てているものであるが、耕作名義人が被告啓吾の父である今岡となつていたので事実に合致させるため原告主張の日に被告等を耕作名義人にしたのに過ぎず、カズノには詐害の意思など些かもない。

第五項中現在被告等以外の者に競買適格証明書が付与されないことは認めるがその余の事実は否認する。本件農地は抵当権設定当時から小作農地であつて耕作者が今岡であつたことは原告主張のとおりであるから、原告主張の如く競落価格が低減することがあつても被告等が耕作者となつたことと何等関係なく、当初から予期されたことである。」と述べ、

証拠として≪省略≫

理由

原告の訴外赤瀬カズノに対する債権の存否についてはしばらく措き、原告の主張するカズノの行為が債権者である原告を害する行為であるか否かの点について判断する。

訴外今岡長雄が昭和三四年七月四日カズノの所有する本件農地のうち第一農地の小作権を被告啓吾に、第二農地の小作権を被告美智子に譲渡し、同日カズノは第一農地について被告啓吾と、第二農地について被告美智子とそれぞれ小作契約を締結したことは当事者間に争いがない。

そこで右カズノの行為についてその法律的性質を考究する。成立に争いがない乙第二号証の一、二、証人今岡長雄の証言、被告啓吾本人尋問の結果によれば今岡と被告啓吾は昭和三四年五月二九日小作地であるカズノ所有の第一農地について今岡の有する使用貸借による権利を被告啓吾に移転するため伯方町農業委員会に対し農地法第三条の規定による許可の申請をなし、今岡と被告美智子は同日右同様小作地であるカズノ所有の第二農地について今岡の有する使用貸借による権利の移転をするため同委員会に許可の申請をなしたこと(乙第二号証の一、二、には使用貸借による権利の設定の許可を求める旨の記載があるがその申請書の形式から右権利の移転の許可を求める趣旨であると考えられる)、同委員会は同年七月四日右移転をいずれも許可したことを認めることができる。そうすると本件農地の所有者であるカズノのなした行為は右使用貸借による権利の各譲渡行為に対する承諾に外ならないのであるが、右承諾は今岡に対し本件農地の耕作権を物権的効力が生ずるように被告等に承継的に移転することを可能ならしめる権能を与えた意思表示であるといいうる。従つて右承諾行為が詐害行為となるためにはそれによつてカズノの資産すなわち本件農地の価値が減少する結果を生じたことが必要である。

ところで右承諾がなければ今岡と被告等との間の本件農地の小作権の譲渡はカズノに対抗できず、カズノに対する関係では本件農地の小作人は依然として今岡ということになる。もつとも本件の場合は今岡とカズノは内縁の夫婦である(この点については当事者間に争いがない)し農業委員会の許可を要する関係からカズノの承諾がなければ右譲渡行為もなされなかつたと考えられる。そこで今岡が小作人である場合と被告等が小作人となつた場合とにおいて本件農地の価値に変動があるか否かにつき検討すると、農地を換価するためそれを競売に付した場合その所有権を取得する競落人は農地法第三条の制限があつて知事の許可を要し、本件農地の如き小作地の場合は同条第二項第一号によつて小作人及びその世帯員以外の者には許可が与えられないのであるが、競落手続の円滑をはかるため通達により右許可を得られる者にのみ競落前に知事の競買適格証明書が付与せられ右証明書を得られない者は競落しえない取扱になつているのであり、右は小作人が当該競売手続開始の原因となつた債権に関し債務者である場合でも異るところはない。原告は今岡が小作人であれば同人は債務者であるから保護の要なく小作人以外に適格証明書が付与されると主張するが、法令上その例外は認めておらず右主張を認めうる証拠もない。そして競買適格証明書を得たものが競落しないときは終局的には農地法第三三条の規定によつて国に買い取るべき旨を申し出る以外に換価方法はないのである。右国の買収は農地の担保価値の維持と農地所有者の金融方法の確保と小作農の維持安定との調和をはかつた制度であつて、小作人が今岡であると被告等であるとその運用には差異はない。そうすると結局本件農地は小作人を除き国以外の第三者が所有者となる手段はないのであるから、かかる場合をもつて価値の減少となしカズノの行為によつてその結果が生じたとする原告の主張は当らず、本件農地の価値はカズノの承諾の意思表示によつて左右されるものではないといわねばならない。又右意思表示の性質上たとえそれが取消されても権利の移転がなかつた状態すなわち今岡が小作人である関係に復帰するに過ぎないからその点においても債権者を害するものとはいえない。

結局本件農地についてカズノと被告等との間に小作契約関係を成立せしめたカズノの行為すなわち今岡の小作権譲渡に対するカズノの承諾の意思表示によつて本件農地の価値が減少したことにはならないから、この点においてすでにカズノの行為は詐害行為といえず原告の本訴請求はその余の点を判断するまでもなく失当である。

よつて原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊東甲子一 裁判官 仲江利政 堀口武彦)

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